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3/28、成城教会礼拝説教『真の御父母様御聖婚の決意と苦難

平和を愛する世界人として」
第五章 真の家庭が真の人間を完成する-結婚と愛 から


 一九六〇年三月二十七日、私たちは婚約し、それから半月も経たない四月十一日に結婚式を挙げました。私は紗帽を、妻はチョクトゥリを被りました。二十三歳も年下の新婦のきりっと結んだ口元と清楚な顔が端正に見えました。
「私との結婚が、普通の結婚とは違うことを良く知っているだろう。私たちが夫婦の因縁を結んだのは、神様から受けた使命を果たし、真の父母になるためであって、世の中の人たちのように男女の間の幸福のためではない。神様は真の家庭を通して天国をこの世に広げたいと願われている。私たちはこれから、天国の門を開く真の父母になるための厳しい道を行かなければならない。歴史が始まってからこの方、その道を行った者は誰もいないから、私たちの行くべき道がいかなるものか、私にもわからない。従って、これから七年間、あなたにとってはとても耐え難いことがたくさんあるだろう。私たちの行く道は他の人とは全く違うということを片時も忘れず、たとえ小さいなことでも私と相談した後に行い、私が言うことにはすべて従順に従ってこなければならない」

「すでに覚悟しておりますので、何もご心配なさらないでください」
 妻の表情には固い意志が見えました。妻は、結婚した翌日から耐え難い日々を送らなければなりませんでした。最初に訪れた困難は、実家の母親に会えないことでした。妻の家系は三代続けて母一人で子供を育ててきたので、母親と娘の関係がひときわ親密だったのですが、私は妻の母に「娘に会いに訪ねて来ないで下さい。これから三年間は私の前にも姿を見せないで下さい」と何度も繰り返し伝えました。妻には、母親だけでなく、親戚との関係も全て断つように言いました。教会の母である人が、親戚とひそひそ話をしたり、私的なことに気持ちが奪われたりしたら、自分の責任を果たすことができないと考えたからです。妻の心の中には、ひとえに夫だけがいなければならなかったのです。

 私は、三年間、妻を信徒の家に間借りさせました。また、教会には一日に一度しか来られないようにしました。それも、夜に来て、来る時は正門から入っても出るときは裏門から静かに出てゆくように言いました。その上、私は夜通し礼拝をしたり祈祷を捧げたりするので、頻繁に妻の元に行くことができません。その間も、私をめぐるおかしな噂は途切れなく続いたので、年若い妻が耐え抜くのは容易なことではありませんでした。
 結婚した頃は、すでに全国に百二十ヵ所以上の教会の基盤を築いて、かなり有名になっている時でした。教会の中でさえ私の結婚をめぐって様々な声があり、妻を妬み、怨んで、あらゆることを言って騒ぎ立てました。
 しかし、私が妻を間借りさせただけでなく、どこへ行くにも妻の代わりにお婆さんたちを連れて回るので、妻に対してああだこうだと言っていた声は次第に消えていきました。最初の娘が生まれた頃、産後の関節痛にかかって、暖房もない部屋でぶるぶると震えていても、夫の私も出さないので、どうしてそんなに冷たい仕打ちができるのかと、かえって妻をかばって心配する人が増えました。
「先生もあんまりだ。結婚したのなら夫人と一緒に暮らすべきなのに、あれは何だ。顔を見る暇もないとは」 こうして、妻の悪口を言っていた人たちがかえって妻に同情し、一人、二人と妻の味方になっていきました。

 妻は若くして本当にたくさんの訓練を受けました。私と一緒に暮らす間、一時も自由にできませんでした。いつも神経をとがらせて、薄い氷の上を歩くように、「きょうは何事もないだろうか、あすは何事もないだろうか」とやきもきしながら暮らさなければなりませんでした。一言言葉を間違えただけで私から咎められることもしばしばでした。うれしくて「うれしい」と言っても難癖をつけられ、私の後ろをちょろちょろ付いてきては小言を言われました。真の母になるためには仕方のないことでしたが、妻の心の中の悲しみはさぞ大きかったことでしょう。

 私はただ一言投げかけるだけですが、妻は私の一言一言に合わせて生きなければなりませんでした。その苦労たるや言葉で言い表せないもがあったにちがいありません。そうやってお互いに合わせていくのに七年もの期間が必要でした。結婚生活で最も大切なことは信仰で一つになることだという事実を、その時再び悟りました。(P204 10行目~P207 7行目)                         
                                    -統一教 成城教会拝-


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[ 2010/03/30 07:13 ] 礼拝説教 | TB(0) | CM(0)

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