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4/11、成城教会説教「大切なのは真実の心」

2010年4月11日 日曜礼拝
・訓読のみ言:
「平和を愛する世界人として」第三章 世界で最も中傷を浴びた人-教会創立と受難 から

大切なのは真実の心
 三ヶ月ぶりに釈放されて出てきた私は、神から愛され、生命を与えられている喜びをいま一度噛みしめました。私は神の愛と生命に負債を負った者だということです。その負債を返すために、一からやり直すことを決め、新しい教会の場所を探すことにしました。しかし、「神様、私たちの教会を建ててください」とは、私は祈りませんでした。小さくて何の値打ちもない建物だとしても、それまで不便だとか恥ずかしいとか思ったことはありません。祈る場所があればそれだけで感謝であり、広くて静かな場所までは望みませんでした。
 信徒たちが集まって礼拝を捧げる家はどうしても必要です。そこで、二百万圜の借金をして、青坡洞の丘にあった、すっかり荒れ果てた日本式の家屋を買いました。非常に小さな家で、真っ暗な洞穴のような一本道をかなり歩かないと辿り着かない路地裏にありました。その上、それまでに何があったのか、柱といわず壁といわず真っ黒に汚れていました。建物をきれいにしようと、教会の青年たちと一緒に、洗濯用の苛性ソーダを溶いて三日かかって拭いたので、黒い汚れはほとんど落ちました。
 青坡洞の教会に移っていった後、私はほとんど眠りませんでした。奥の間に身をかがめて座り、明け方の三時か四時になるまでお祈りをして、服を着たまましばらく背中を丸めて寝ると、五時にはもう起きる生活を七年間続けました。毎日一、二時間しか寝なくても、うとうとすることもなく、明けの明星のように目を輝かせて、疲れを知りませんでした。
 やろうと思うことが心の中にいっぱいあって、食事の時間も削りました。いちいちお膳を準備しないで、部屋の床にご飯を置いて、しゃがんだままで食べました。「誠を投入せよ!眠けのなかでも投入せよ!へとへとになるまで投入せよ!おなかがすいても投入せよ!」何度も何度も自分に言い聞かせ、ありとあらゆる反対とデマの中にあって、種を蒔く心情で祈りました。そして、その種は大きく育って必ず穫り入れるだろうし、韓国で穫り入れが難しければ、間違いなく世界で穫り入れられるだろうと考えました。
 一年も経つと信徒数は四百人を超えました。四百人の信徒の名前を一人一人呼び上げて祈っていると、名前を呼ぶ前から、彼らの顔が頭の中をしきりに行き交いました。彼らの顔が泣いたり笑ったりします。その人が今どんな状態にあるのか、病気なのか元気なのかを祈りの中で知るようになりました。(P147 9行目~P149 4行目)
                                   -成城統一教会拝-


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[ 2010/04/12 07:10 ] 礼拝説教 | TB(0) | CM(0)

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