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人生最高の行くべき道

2010年6月7日、成城教会礼拝説教、「人生最高の行くべき道」の本文のみ言です。

本文:天聖経「地上生活と霊界」 第一章、有形・無形世界での人間の存在

7 我々が訪ねるべき本郷
「皆さんは霊界の事実を知らないかもしれませんが、先生は神様の特別な恵沢を受けて、未知の世界についてよく知っています。その世界の根本を掘り返してみると、原則は簡単でした。その世界は、神様の天地原則の世界である、ために生きた人だけが行く所です。そのような内容で形成された世界が、理想天国です。そこが、我々人間が訪ねるべき本郷です。今日、我々は堕落した人生として、本郷から追放された人間になったために、本郷の地に向かって帰るべき運命にあるのです。しかしそこへは、その人間自体としては入ることができないために、神様は、人間が入ることができる道を歴史過程に認定せざるを得ません。
 それで、その民族の文化背景、風習、あるいは伝統が異なることによって、数多くの宗教を立てて収拾していきました。そのように収拾するための訓練場として立てたのが宗教です。ですから宗教は、本郷の地に入ることができる資格者を錬磨させる訓練場です。東西四方の文化背景によって、高い所に前進することができる一つの統一された宗教世界を率いてきています。
 そのような本郷の所へ導くべき宗教であるために、宗教は何を教えるのでしょうか。「ため」に生きなさいということを教えていると言わざるを得ません。そして、高次的な宗教であるほど、「ため」に生きるべきだという原則を強調しなければならず、「温柔謙遜であれ」と言うのです。数多くの人を高め、彼らのためにする立場に立てというのです。「犠牲奉仕せよ」と教えるのです。なぜでしょうか。その国の法度に合う訓練をしなければならないからです」。

8 人生最高の行くべき道
「人生の行くべき道とはどのようなものでしょうか。神様の愛を占領することが、人生の行くべき道です。神様の愛を占領することが、人生の行くべき最高の終着点です。この道は、男も女もみな行かなければなりません。すべての人が行くべきなのです。
人生の行くべき道は、無限であられる神様の愛を探すことです。十回でも百回でも、死の峠を経てでも、死んでも絶えず探していくべき、神様の愛を探すのが人生最高の行くべき道です。
欲望の終わりとはどこでしょうか。神様の愛を占領する所です。神様を占領したといっても、その中にもっと貴い愛を占領できなければ、神様は自分の神様ではありません。それゆえ、神様の愛を占領しなければなりません。愛だけ占領すれば、神様はいらっしゃらなくても大丈夫なのです。彼のものが私のものであり、私のものが彼のものになるとき、初めて内外が一つになるのです。そのような国が、上下の等級のない理想の本国になるのです。そのような場に横たわるようになれば、天下にある存在の中で、良く見えないものがなく、天下にいる存在の中で、自身のために存在しないものはないと感じるのです。そのようなものが神様の愛なので、今日人間が行くべき天上世界、すなわち天国は、愛で充満した所なのです」。
                                   -成城教会長拝-
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[ 2010/06/07 12:54 ] 礼拝説教 | TB(0) | CM(0)

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