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2/20、成城統一教会礼拝、「基本信仰生活への徹底!」

題目:「基本信仰への徹底」

・本文:コリント人への第二の手紙11.22-27
「彼らはヘブル人なのか。わたしもそうである。彼らはアブラハムの子孫なのか。わたしもそうである。彼らはキリストの僕なのか。わたしは気が狂ったようになって言う、わたしは彼ら以上にそうである。苦労したことはもっと多く、投獄されたことももっと多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したこともしばしばあった。ユダヤ人から四十に一つ足りないむち受けたことが五度、ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、そして、一昼夜、海の上に漂ったこともある。幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍(こご)え、裸でいたこともあった」。


今日は、「基本信仰生活への徹底」とう言う題目で、お話したいと思います。

一番目は礼拝参加に徹する生活であります。
礼拝に来るときには、一週間の心の汚れを洗いたい心、未熟な者として絶対者、神様の前に救いを求める心、神様の子になりたい切なる心、神様のみ言とおりに生きることができなかったことを悔い改める心、天の願いをより大きく成して差し上げられなかったことへの恐れ多い心、しかし一週間も神様・真の御父母様が自分と家族を見守ってくださりここまで導いてくださったことへの感謝の心、今日の礼拝の時間を通して、もっと素晴らしい神の愛を実践できる神の子になりたい新鮮な心、足りないけれどもこの者を通してでも栄光をお受けくださいという賛美の心で参加するのです。 夫婦、家族揃って参加することが望ましいでしょうが、一人で参加した場合には「家族の代わりに、或いはこの地の人々を代身して参加しているので、代表的に祭祀を供える時間として導いてください!」と祈る心情で臨むのです。できれば、早く来て教会の周りのゴミ拾いや、礼拝堂を整えて礼拝に参加するのがもっとも素晴らしいことでしょう!

二番目は祈祷の生活です。祈祷に対する色んな定義があろうかと思いますが、ここでは実際なことを話します。祈祷は何よりも、謙虚で足りない心で懇切にするべきです。賛美を歌い、説教を聴きながらも祈る心で臨むのです。「自分の願いが叶えられますように、家族の健康や、お子さんの学業がより上手くいくように、伝道対象者がいつかはこの場所に必ず来ますように、時の天の摂理を成すことができますように!」という祈る心で参加するのです。
何処でも祈る心で生活ことが重要です。食事の支度するときも、歩くときも、電車にのっても。歴史的な人物の背後には、母親の懇切な祈りがありました。聖アウグスティヌスの母親、モニカーの涙の祈りは放蕩な息子を偉大な神学者に育てましたし、イギリスのジョン・ウェスレー兄弟の母親の偉大な祈りの影響で、英国で信仰革新運動が起こり、後の信仰の自由を求めアメリカに渡り、神の国が建国されるに至りました。母親の深い祈りが、偉大な独立運動家-安重根烈士を生んだし、母親の深い祈りが、李明博氏をの大統領まで導いたのです。親の祈りは運命を換え、歴史を変えて来たのであります。

三番目は、真の父母様の愛と原理を伝えること、即ち伝道です。統一教会の伝道の基本は先ず、私がために生きる愛を実践しながら、真理に対する確信に満ちて、原理・真の父母様を伝えていくことです。心の中に不平不満があれば、相手が素直に聞いてくれないものです。ゆえに、常に自己堕落性を脱ぐための努力が必要であり、常に、真理・み言を武装しないといけないのです。その次には、果敢な実践が必要です。お父様のみ言にも「伝道に出たら90%は断られるでしょう」とあります。最高の否定は、伝道活動で冷遇・没理解に遭うことです。宗教に対し、統一教会に対し、真の御父母様に対して、冷たく腹が立つそうなことを聞いた時に笑顔で親切に下がりながら、お礼の挨拶ができる訓練をしなければなりません。自分の人格と心情状態がどのくらいかを測ることのできる、一番いい方法は伝道活動でしょう。私が笑顔と深い愛の心情で訪ねると、必ず良い人が現れ心の会話ができるようになります。伝道活動は、最高の人生体験・自己啓発とも言えるでしょう。色んな地域を回り、色んな人に会い、色んな人生を間接的に知ることができます。豊な人、可愛そうな人、固い人、心当たりいい人、冷たい人、温かい人、言葉のきつい人、外人、若い生徒、主人でありながら妻がいないのでと言う人など、多様な方と出会うので、自分の状況と当てはめて考えながら、感謝と余裕と希望を持つことができます。

人生の円熟期の祖父母になると、可愛い孫に何かを教えて上げるのは、もっとも喜ばしいことです。人間欲望の最高は、やはり後裔を育てることでしょう。ゆえに、人に真の生き方や真理を伝え、真の御父母様を受け入れてもらい、共に、み旨の道を歩める同志を増していくことは、人生最大最高の喜びであるに違いありません。そういう面で、本文にある使徒パウロの伝道受難記は、永遠の宝であるに違いないでしょう。まだ、少ないですがそういう、わたくしも体験を積む中にあります。色んな出来ことが多ければ多いほど、我々は永遠の財産が増えて行くと思います。

四番目は、万物を天に捧げる生活です。万物は人間の命の代わりのものです。堕落人間が神の前に命を差し出すことは簡単ことではありません。小さい物から精誠の込められた献金を捧げて感謝し続ければ、必ず守られ願いが叶えられます。献金生活は、贖いの面もあります。小さな条件で、もっとも大きく守られ、大切な命が守られる場合もあります。もっとも根本は、万物を真に愛することです。自分の身のように、家族のように愛し大切に扱えれば万物の心が、その人に親しみ感じるようになります。大切に管理できる人に近寄りたくなり、万物が回って入って来るようになります。財のある人こそ、万物を真に愛する人だと思って違いないでしょう。天の前に万物を捧げる生活、万物を真に愛する生活をすることは、私たちを経済的により豊に導いてくれるものです。財欲から離れて、万物の真の属性(より愛してくれる人に行く)を活かす生活をして行けば、必ず、万物運が上昇するようになります。真の信仰者は経済的にも困らないように、神様が環境を守ってくださり、祝福してくださるからです。先ずは、十分の一生活に徹して行くことです。

こういう基本的な、礼拝、祈祷、伝道・み言勉強、献金生活を徹して行けば、必ず、内的世界から元気になり力がつき、 徐々に人生・生活・子女教育・事業などが上手く導かれて行きます。基本信仰生活への徹底で、幸せ豊な人生を生きて行かれますよう祝願申し上げます。





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[ 2011/02/27 19:10 ] 礼拝説教 | TB(0) | CM(0)

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