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4月3日、成城統一教会説教、「決死報恩」

2011年4月3日、成城統一教会の説教は「決死報恩!」で語りました。

訓読み言:「天聖経:真の孝の生活-第2章、真の忠孝」
・ 神様は孝子を願いわれません。孝子の家庭を願われます。忠臣の家庭を願われたということを知らなければなりません。聖子の家庭を願われました。(98.11.20、P2291)

・ 孝子は、父母が生きている時に孝行しなければなりません。忠誠も、国王が生きている時に尽くさなければなりません。死んだあとでは、千万倍の孝行も無益であり、千万回の忠誠も無益です。そのようにする者は、ずる賢い者たちです。死んでから大きな祭祀の膳を捧げるよりも、生きている時に一言でも慰労するほうが勝っているのであり、自分が悲しみの相対となって、その心を慰労することのほうが、千万種類の食物で整えられたその祭壇よりも美しいということを知らなければなりません。死の道を追慕しながら行く人よりも、その死の道に行く前に、目的のために行く人のほうが貴いのです。(72.9.10、P2292)

・父母が、この道は死んでも行かざるを得ないということを本当に知ったならば、子供を神様のところに連れて行かなければなりません。父母の使命を果たすことができなかったのは、知ることができなかったからであり、知ったならば、祭物としてでも連れていかなければなりません。むちで打ったとしても、それは善です。ですから、先生は、「父母が正しく立っていさえすれば、子供が救われないことはない」と言います。もし父母に対して不孝者がいるとすれば、追い出してしまいなさい。そして、父母に孝行する者を自分の家に連れてきて、養子として立てなさい。(65.10.9、P2294)

今日は、第52回の真の父母の日、最初に中国の「春秋左氏傳」で伝わる、結草報恩の由来を紹介します。中国の春秋全国時代(BC1100 ~376年)の 晋の国に、魏武子が病になり、息子魏顆に自分が死んだら美しかった後妻を再婚させ殉死から免れるようと遺言しました。しかし、 病が悪化された魏武子は混迷になり、後妻を自殺するようして一緒に埋蔵して欲しいと遺言を繰り返しました。魏武子の死後、息子魏顆は2回目の遺言に従わず、義母を再婚させて殉死から免れさせてあげました。数年後、魏顆が戦争に出て、秦の杜回と戦が起こり、危険な瞬間にさらされた時に、義母の亡き父の亡魂が出て来て敵軍の道に草を結んで置いて、杜回の馬が倒れるようにして、杜回を掴むようにして、娘を生かしてくれた恩に草を結んで報いたという事で、「結草報恩」が伝わります。

この「結草報恩」から今日は「決死報恩」という題でお話し致します。真の父母様の教えの中に人間は3大父母を迎えているとあります。
第1父母は、私を生んでくださった肉身の親であり、
第2父母は、私の生命を養う大地の母であり、
第3父母は、我々の永遠の父であられる神様です。

我々は肉身の親の完全なる愛と犠牲のよって生まれ、育てられましたので一生、生きながら肉身の親の恩に無限に感謝すべきなのです。健康に生きながら、円満な家庭を築き、離婚せず仲良く睦ましく暮らす姿を見せ、親が孫を可愛がってくださるように生きて行って、できれば、より活躍できる子供に育て、両親が「誰々の家系の子孫が素晴らしい!」という生き甲斐を感じるようにして差し上げるのがもっとも素晴らしい恩返しでしょう。

2番目は、大地の父母への恩返しです。太陽の日差し、空気、水、食物、動物などは我々の無限のエネルギと生命力を与えてくれます。ある面、自分が犠牲になりながら人間を活かしてくれています。野菜や魚、動物や自分が完全に死んで、人間に食べさせられます。完全に犠牲になって、人間を生かしてくれることなのです。ある面、人間の体は「鉱物や動植物の死の塊」で出来ていると言っても過言ではありません。ゆえに、私たちは大地が生んでくれた総てのものに無限に感謝して、もっとも大切に、感謝して愛で使って挙げたり、私に摂取された、万物が生き甲斐を感じるように、美しい素晴らしい生き方で、恩返しをして上げなければなりません。そうしないと、私の体はやられ病になるかも知れません。

3番目は、我々の霊魂を永遠に導いてくださる、真の父母様・神様への感謝の報恩をして差し上げることです。肉身生活は限られています。我々はいつか、永遠の世界に行きます。今日も、神様・真の父母様は、私たちの魂、霊人体を永遠の天国生活に導いてくださるために、精誠の限りを投入されながら、一寸も惜しまずに、精誠の道を歩んでおられます。幾たび死すとも、真の父母様、神様の恩恵に報いて差し上げることが難しいことでしょう。

娘の命を救ってくれた魏顆のために、亡くなった父の霊魂が現れ、草を結んでくれて、命の恩人を救ってあげたように、我々は肉身の親と大地・自然の親と永遠の親であられる神様・真の御父母様のために、命をかけて親孝行、物を誰より大切にし、報恩して行くのが、我々人生の宿命の道なのです。
ありがとうございました。



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[ 2011/04/20 23:09 ] 礼拝説教 | TB(0) | CM(0)

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