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成城教会の礼拝説教、「命を生かす者」

2010/01/31、成城統一教会の礼拝説教、「命を生かす者!」

「訓読のみ言」原理講論、第七章キリスト論、 第四節 重生論と三位一体論 
(一)重生論
(1) 重生の使命から見たイエスと聖霊
イエスは、自分を訪ねてきたユダヤ人の官吏ニコデモに、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできないと言われた(ヨハネ三・3)。重生とは二度生まれるという意味である。では、人間はなぜ新たに生まれなければならないのであろうか。我々はここで、堕落人間が重生しなければならない理由について調べてみることにしよう。
アダムとエバが創造理想を完成して、人類の真の父母となったならば、彼らから生まれた子女たちは原罪がない善の子女となり、地上天国をつくったであろう。しかし、彼らは堕落して人類の悪の父母となったので、悪の子女を生み殖やして、地上地獄をつくることになったのである。したがって、イエスが、ニコデモに言われたみ言どおり、堕落した人間は原罪がない子女として新たに生まれ直さなければ、神の国を見ることができないのである。
我々を生んでくださるのは、父母でなければならない。それでは、堕落した我々を原罪がない子女として生んで、神の国に入らせてくださる善の父母は、いったいどなたなのであろうか。原罪のある悪の父母が、原罪のない善の子女を生むことはできない。したがって、この善の父母が、堕落人間たちの中にいるはずはない。それゆえに、善の父母は、天から降臨されなければならないのであるが、そのために来られた方こそがイエスであった。彼は堕落した子女を、原罪のない善の子女として新しく生み直し、地上天国をつくるその目的のために真の父として来られた方であった。ゆえに、ペテロ・一章3節に、「イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ」というみ言がある。イエスは、アダムによって成し遂げられなかった真の父としての使命を全うするために来られたので、聖書では、彼を後のアダムといい(コリント・一五・45)、永遠の父といったのである(イザヤ九・6)。また、神は、預言者エリヤを再び送り、彼の力で堕落した人間の心を、父母として降臨されるイエスの方へ向けさせることによって、彼らをその子女となさしめると言われた(マラキ四・6)。そして、イエスが再臨されるときも、父の栄光のうちに来られる(マタイ一六・27)と言われたのである。
ところで、父は一人でどうして子女を生むことができるだろうか。堕落した子女を、善の子女として、新たに生み直してくださるためには、真の父と共に、真の母がいなければならない。罪悪の子女たちを新たに生んでくださるために、真の母として来られた方が、まさしく聖霊である。ゆえに、イエスはニコデモに、聖霊によって新たに生まれなければ、神の国に入ることができない(ヨハネ三・5)と言われたのである。
このように、聖霊は真の母として、また後のエバとして来られた方であるので、聖霊を女性神であると啓示を受ける人が多い。すなわち聖霊は女性神であられるので、聖霊を受けなくては、イエスの前に新婦として立つことができない。また、聖霊は慰労と感動の働きをなさるのであり(コリント・一二・3)、エバが犯した罪を蕩減復帰されるので、罪の悔い改めの業をしなければならないのである。さらに、イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。

今日は、原理講義の順に基づいて、創造理想→堕落の結果→歴史の終末→メシヤの降臨→復活→予定→キリスト論(重生)→蕩減復帰→アダム・ノア・アブラハム家庭(=復帰基台摂理時代)→モーセ・イエスを中心とする復帰摂理→摂理歴史→摂理的同時性:復帰摂理時代と復帰摂理延長時代の比較→メシヤ再降臨準備時代→メシヤの再臨→文鮮明師に至る内容を、目次を通して振り返って見ました。

私たちは、呼吸・瞑想を通して、宇宙空間中での神の愛を感じ、大地を愛する生活を通して、自分を守ってくれる環境の有難さを感じ、その意味で掃除に心かけ、口と心を聖別する意味で、言葉に慎み、原理のみ言を毎日訓読し、言霊で真理のみ言を空中に響かせ、身で真の愛を実践していけば、私たちの周りにはいつも善の波動が回って、ずべてが良き方向に導かれるようになります。

神性が成長すれば、心の中に喜びが満ち、善の意欲が湧いて来て、万物に、人に、総ての存在に良くしてあげたい気持ちになります。こういう心で」、家族や隣人を愛し、国民・世界人を愛して行けば、私の愛と喜びの波動が人々に自然と発散されるでしょう! 私の平安と喜びを人に分けてあげたくて仕方がない意欲で、原理と自叙伝を人々に紹介しましょう!神様、真の御父母様は結局、このような愛と心情に満ち溢れる原理と真の愛の本体であられます。

命の恩人には、一生報いて差し上げたい気持ちになります。神様、真の御父母様は私たちの永遠の命を救って下さいました。その実感を活かして、私たちも、自らの心・命を生かし、人々の永遠の命を信に生かしていける者となるために、心かける一週間になりますよう祈ります。
                              -成城教会長 拝-


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[ 2010/01/31 23:02 ] 礼拝説教 | TB(0) | CM(0)

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