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3/21、成城教会礼拝説教

『日本統一運動史』
 第一章 メシヤとしての準備時代における真のお父様と日本 から
(P101 16行目~P102 16行目)(P103 17行目~P104 2行目)

(5)投獄(1944.10)
 1944年10月、真の御父母様は日本留学時代に抗日運動をしたことが発覚し、京畿道警察部に連行されました。そこで、過酷な拷問を何度も受け、日本での地下運動の具体的な内幕と、その関連者を暴露するよう迫られたのです。しかし真の御父母様は血を吐き、生死の間を幾度もさまよいながらも、決して口を割ることはありませんでした。

1、御言
①「先生はまあ、随分拷問された。その話をしたらもう2分と聞かれない。この土まで掘って、土にして飛ばしたい程の拷問をされたよ。」(1965.10.8)

②「先生のおいては日本人は怨讐であった。日本の憲兵によって相当拷問された。血を吐き、生死の境界を何十回も往来した男だ。時来たらばそれ全体を一遍に復讐してしまっても、あまりあるような、そういうような立場において辛さを感じた男である。」(1972.5.6)

③「二十代の時に日本の警官によって拷問も受けました。そして戦ってきました。むちで打たれ、拷問されながらも、先生は堂々としていました。そのようなことを忘れることができません。」(『真の御父母様の生涯路程』①.P214)

(7)韓国解放後の日本に対する対処
1、御言
①「先生も、日本でどれほどぞんざいに扱われたか知れません。その腹いせをするとなると、こん棒で日本人の骨をへし折っても、怒りが解けないでしょう。しかし、神の愛を悟り天道を知ったので、この遊びごとをするのでしょう。そうなれば、目に火花が散るのです。私が拷問を受け血を吐きながら生死の絶頂であえいだ事実は、死んでも忘れないでしょう。そのような後孫を呼び集め、神の息子・娘にするのはたやすいことでしょうか。」(『祝福家庭と理想天国』〈Ⅰ〉P1174)

②「第二次大戦で日本が負けた時、先生を拷問した人たちをみな夜中呼び出して、『あなたたち、韓国にいたら危ないから逃げなさい』と荷物を積んで送り出した先生です。先生はその時、今までの日本は敵国であったが、将来はそうではない、神の御旨によって、兄弟になるであろう未来を思いつつ、現実の赦し難い日本を赦そうと思ったのです。」(1978.9.21)
                                     -統一教 成城教会拝-


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[ 2010/03/30 07:02 ] 礼拝説教 | TB(0) | CM(0)

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